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ジャン フォートリエ
Jean Fautrier(1898-1964)

 1898年  フランスのパリに生まれる
        幼少時に1父が死去。一時祖母のアイルランドで暮らすが、10歳のときに
        祖母も亡くなり、母のいるロンドンへ転居

 1909年  イギリスへ渡り、12年にロンドンのロイヤル・アカデミーに入って美術
        を勉強するが、中退する。

 1917年  召集を受けて帰国。英語が堪能なため、さまざまな任務につき、戦線で負傷


 1920年  第1次世界大戦終了を機にパリに戻る
        ポール・ギョームらの知遇を得る

 1923年  初個展

 1928年  初めての抽象的な絵を描く

 1929年  現代の古代洞窟壁画的な『横たわる裸婦』などを制作

 1934年-39年 不況により、ポール・ギョームらからの援助も打ち切りとなる
        パリからアルプス地方へと転居し、スキーの指導員、ナイト・クラブの経営
        などで生計を立て絵画から遠ざかる

 1940年  第2次世界大戦中は対独抵抗運動の中心人物となり、パリの郊外に隠れて
        〈人質〉のシリーズを制作する
        パレット・ナイフによって念入りに厚く塗り重ねた淡い色彩によって、既製
        の形に頼らず、絵画のマチエールの自発的な働きをつむぎ出すようなその
        作品は、アンフォルメルの源流となっている。
        アメリカの抽象表現主義に与えた影響も少なくない。

 1943年  パリ、ドルーアン画廊で〈人質〉展開催

 1945年  パリ、ドルーアン画廊で〈人質〉展開催
        レジスタンスの知識人より賞賛を集める。これは当時、彼の隠遁隠先のシャ
        トネイ−マラブリイの精神病院に隣接した森の中で、捕虜たちがナチスに
        処刑されたことに憤り、制作を着手したといわれる(42年頃)

 1956年  リヴ・ドロワット画廊で《物体》シリーズの個展を開催

 1957年  ハンガリー動乱をもとに〈パルチザン〉を発表

 1959年  来日、南画廊で個展を開く。

 1960年  ヴェネチア・ビエンナーレで大賞を受賞

 1964年  フランスで没する。
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