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ジャン フォートリエ
Jean Fautrier(1898-1964)


 1898年 5月16日フランスのパリに生まれる
       幼少時に1父が死去。一時祖母のアイルランドで暮らすが、
       10歳のときに祖母も亡くなり、母のいるロンドンへ転居

 1909年 イギリスへ渡り、12年にロンドンのロイヤルアカデミー
       に入って美術を勉強するが、中退する

 1917年 召集を受けて帰国。英語が堪能なため、さまざまな任務に
       つき、戦線で負傷

 1920年 第1次世界大戦終了を機にパリに戻る
       ポール・ギョームらの知遇を得る

 1923年 初個展

 1928年 初めての抽象的な絵を描く

 1929年 現代の古代洞窟壁画的な『横たわる裸婦』などを制作

 1934年-39年 不況により、ポール・ギョームらからの援助も
       打ち切りとなる
       パリからアルプス地方へと転居し、スキーの指導員、
       ナイトクラブの経営等で生計を立て絵画から遠ざかる

 1940年 第2次世界大戦中は対独抵抗運動の中心人物となり、
       パリの郊外に隠れて〈人質〉のシリーズを制作する
       パレット・ナイフによって念入りに厚く塗り重ねた淡い
       色彩によって、既製の形に頼らず、絵画のマチエールの
       自発的な働きをつむぎ出すようなその作品は、アンフォ
       ルメルの源流となっている
       アメリカの抽象表現主義に与えた影響も少なくない。

 1943年 パリ、ドルーアン画廊で〈人質〉展開催

 1945年 パリ、ドルーアン画廊で〈人質〉展開催
       レジスタンスの知識人より賞賛を集める
       これは当時、彼の隠遁隠先のシャトネイ−マラブリイの
       精神病院に隣接した森の中で、捕虜たちがナチスに処刑
       されたことに憤り、制作を着手したといわれる(42年頃)

 1956年 リヴ・ドロワット画廊で《物体》シリーズの個展を開催

 1957年 ハンガリー動乱をもとに〈パルチザン〉を発表

 1959年 来日、南画廊で個展を開く。

 1960年 ヴェネチア・ビエンナーレで大賞を受賞

 1964年 7月21日フランスで没する
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