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アンドリュー ワイエス
Andrew Wyeth(1917-2009)


 1917年  アメリカ、ペンシルヴェニア州のに生まれる
        父親は挿絵画家ニューウェル・コンヴァース・ワイエス 

 1923年  小学校に入学するが神経衰弱となり2週間で退学
        家庭教師について学びながら、父の見習いとしてアトリエで働く 

 1937年  ニューヨークのマクベス・ギャラリーで初個展を開き、大好評を得る 

 1940年  結婚、最年少でアメリカ水彩画協会の会員となる 

 1947年  アメリカ美術文芸アカデミーとNY国立美術文芸協会より功労賞受賞 

 1948年  アンナ・カーナーとカール・カーナーを描き続ける。 

 1959年  フィラデルフィア美術館より芸術祭賞受賞 

 1963年  大統領より、メダル・オブ・ドリーム(自由勲章)受賞 

 1966年  ペンシルヴェニア美術館にて大回顧展開催 

 1976年  ニューヨークのメトロポリタン美術館で展覧会 

 1988年  アメリカ合衆国議会よりゴールド・メダル大統領賞に推薦される
 
 1990年  ゴールド・メダル大統領賞授与。

 2006年  愛知県美術館に「氷解T(水彩 1968年作)」を寄贈
        ワイエス本人より作品が寄贈されるのは国内初

 2009年  1月16日、ペンシルベニア州のチャッズ・フォードにある自宅で逝去 享年91歳
  
    アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる
    ワイエスは自宅のある、生地チャッズ・フォードと、別荘のあるメーン州クッシングの2つ
    の場所以外にはほとんど旅行もせず、彼の作品はほとんどすべて、この2つの場所の風景と、
    そこに暮らす人々とがテーマになっている。

    代表作「クリスティーナの世界」に登場するクリスティーナは、ワイエスの別荘の近くに
    住んでいたオルソン家の女性である。
    生来病弱で孤独に育ったワイエスは、ポリオで足が不自由な女性が、何もかも自分の力でや
    ってのける生命力に感動し、出会いの時からその死まで30年に亘ってこの女性を描き続けた。

    「ヘルガ」のシリーズは、自宅の近くの農場で働いていたドイツ系のヘルガという女性を、
    人知れず、240余点もの作品を15年に亘って描きつづけたものである。
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