難波田史男(1941-1974)

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研ぎ澄まされた視覚と言語感覚をもって独自の世界を逍遥していた夭折の画家・難波田史男
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難波田史男「無題(水彩)」
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 作家名 難波田史男
 制作年 1962
 技法 紙に水彩
 絵サイズ 縦30X横24cm
 絵の状態 良  好
 額サイズ 縦46.2X横52.2m
 額の状態 若干傷有
 サイン 難波田史男鉛筆サイン
 額の仕様 茶色木地額縁
 マット ベージュ布マット
 展覧会歴 1985年東邦画廊水彩展出品作
格安卸価格18万5000円
税込199,800円
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難波田史男

東京都世田谷区経堂抽象画家・難波田龍起の二男として
生まれる。1957早稲田大学高等学院に入学、このころは
美術や学業よりも読書に熱中していた。大学進学よりも
絵画の道を志し1960文化学院美術科に入学するが、1962
父の知人の勧めで(本人の美術的方向性を生かすため)
文化学院を退学。その後、1965早稲田大学第一文学部(美
術専攻)入学。教授の青柳正広や大沢武雄に師事し、1970
早稲田大学を卒業。文化学院退学後、本格的に画家とし
ての活動を開始(独自の美術制作活動が盛んになる)。
1963「土竜の道」、「終着駅は宇宙ステーション」(絵画)
ほか、多数のペンによる素描・色彩画を制作する。1964
、父の知人で画商の伊藤にイラストレーターとしての道
を進められ、イラスト「大相撲」シリーズを描くものの
、イラストの道にはいりこめなかった。大学在学中も絵画
制作活動をしていたが、1966に始まった大学紛争に衝撃
を受ける。1970以降、美術活動の傍ら、旅行及び放浪する
ことが多い。高校時代から放浪癖はあったらしく、北海道
の知人が営む牧場で晴耕雨読の生活を試みたが、挫折し
ている。1974九州旅行の帰り道、瀬戸内海にてフェリー
より転落溺死、享年32歳。死後、ほぼ毎年、難波田の展
覧会が催されている。

難波田史男年譜

1941 4月27日、難波田龍起の次男として東京都世田
    谷区に生まれる

1960 早稲田高等学園卒業、大学受験を断念し絵画の
    道を志す
    文化学院美術学科入学、村井正誠、山本蘭村の指
    導を受ける

1962 文化学院美術学科中退し、制作に没頭する

1964 イラスト的作品を試みる、早稲田大学を目指し
    て受験勉強を開始

1965 早稲田大学第一文学部美術専攻科入学

1967 第七画廊にて初個展

1969 第七画廊にて個展
   「テンペラ画展」(ギャラリーオカベ)
    トワロード画廊にて個展

1970 早稲田大学第一文学部美術専攻科卒業
    旭川の梅鳳堂にて個展
    東邦画廊にて個展

1971 第一回新鋭選抜展に出品(日本橋三越)
    東邦画廊にて水彩画展

1972 第二回新鋭選抜展に出品(日本橋三越)
    東邦画廊にて個展(水彩、油彩)

1973 第三回新鋭選抜展に出品(日本橋三越)
   「龍起・史男親子二人展」(旭川の旭川画廊)

1974 1月29日九州旅行の帰途、瀬戸内海にてフェリ
    ーより海に転落
    3月7日香川県沖にて遺体が漁船に収容される
    享年 32歳

1975 兄紀夫、急性心不全のため死去(享35歳)
   「難波田史男遺作展」(フジテレビギャラリー)

1976 「難波田史男遺作展−ある青春の挫折の歌」
    (小田急百貨店)
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ギャラリーダッドアート
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