守一の動物の絵というと、まず思い浮かべるのは猫だ。 しかし残念ながら十二支に猫はいない。猫の自由気ままなところが好きで、 犬はあまりにも人間に忠実すぎるところが気に入らなかったらしい。 だから家で飼っていなかったこともあって、これはという犬の絵はない。 虎は猫科なのだが、どうもうまくいかないらしい。 龍は見たことがないものを描けない守一としてはまあまあの出来だ。 蛇はよく描いていた。 牛の絵は写生に行ったとき風景の中に描かれたものや、牛だけのいい絵がある。 海浜の小羊の絵があるが、波の音にききほれてうまくいかなかったとか。 それから馬の絵だが、若いときに馬を飼っていて、裸馬に 立って乗ったというほど人馬一体ぞっこんほれこんでいた。 しかし恋人の絵が描けないように、馬の油絵でいいものはない。 スケッチはいいのだが。 十二支の最初にある鼠は、美術学校を卒業して千駄木町あたりの下宿で昼夜逆の ような一人住まいをしていたとき、出てきた鼠を餌つけしたことがあるとか。 動物ではないが鶏は家で飼っていたこともあって何度も題材になっていて手なれたものだ。 猪はこの十二支でははじめて見たのだが、ユーモラスな格好をしている。 守一が九十七歳で亡くなってもう二十四年、請われて描いた十二支がこうして世に出るのも 何かの因縁だろう。 (熊谷守一美術館主) |
父、白鸚は絵が好きだった。いろいろ持っている中で、私が物ごころつくころとりわけ心惹 かれたのが、「不動明王」と「裸婦」を描いた一点。あとでどちらも熊谷守一作と知った。 父がなぜ熊谷作品に執心したのかは聞き漏らしたが、熊谷役者と言われた父が、まずはお名 前に興味を持ち、次にその超然とした骨太な画風に魅了された案外そんなことかもしれない。 私がこの「十二支」を手に入れたのは、十何年か前のことになる。軽井沢に行く度に寄っ ている追分の骨董店で、あるときこの作品に出遭った。 絵を買うなどということは初めてだったが、思い切って(分割払いにしてもらって)買い求 め、当時元気だった母に大喜びで見せると、例によって一刀両断。 「印刷でしょ?」 とすましている。 私がまさか熊谷作品の本物を手に入れたとは俄に信じがたかったのだ。 その母も亡くなって、つい先ごろ、テレビ東京の「なんでも鑑定団」という番組から出演依 頼を受けた折に、ふと「十二支」を出してみる気になった。 作品が本物ということは勿論信じていたが、しかもきちんと折紙がつき、それが御縁で今回 の手摺木版画という企画が生まれたことは望外の喜びだ。 ところで熊谷守一91歳の著作『へたも絵のうち』の中で「絵なんてものは、でき上がっ たものは大概アホらしい。どんな価値があるのかと思います。しかし人は、その価値を信じ ようとする。かわいそうなものです」と、達観しておられる。生涯、大作は描かず、秋の展 覧会シーズンには、ほかの画家たちの力作大作を尻目に、平気で小品を出品した。 美術界ではそれを「天狗の落し札」と呼んだそうだが、私はその落し札を十二枚も持っている。 幸せなことだと思う。 (歌舞伎俳優) |